2009年 03月 25日
もうひとつのSamurai Soul
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米国ペンシルベニア州ビーバー郡にジョン・チャリスという名の18歳の少年がいた。
彼は地元のフリーダム・ハイスクールに通い、野球部に籍を置いていた。
しかし、この2年ほどの間は一度もプレイしたことがなかった。
プレイしたくてもプレイできない事情があった。
同じビーバー郡のアリキッパ・ハイスクールと一戦交えていたときも、彼はベンチで試合を見守っていた。
ある回の攻撃中、得点圏にランナーが進んだところで、スティーブ・ウェツェル監督がジョン君に声をかけた。
「どうだい? 久しぶりにバッターボックスに立ってみるか?」
観客はわずかに20名ほどしかいなかったが、全員がバッターボックスのジョン君に声援を送った。
味方チームのベンチも盛り上がった。
それどころか、敵チームのナインも目を輝かせた。
ジョン君の体つきは、到底野球をしているとは思えないほど華奢だった。
身長は165センチ、体重は42キロしかない。
以前は体重が49キロほどあったのだが、この2年で42キロまで落ちた。
ジョン君は2006年に肝臓ガンと診断された。
以来、2年近くの間、闘病生活を送ってきた。
彼は決して自らの運命を呪うことなく、前向きに病気と闘ってきた。
しかし、医師たちは彼に過酷な事実を告げた。
「ガンはもう体中に転移している。君が生きられる時間は、あと2ヶ月ほどしかない」と。
ジョン君の病気のことは、観客も味方チームも敵チームも全員が知っていた。
ガンに冒されてもなお前向きに生きる道を選び、今を生きることの大切さを説くメッセージを真摯に仲間達に伝えようとするジョン君の姿は、地域社会全体から尊敬のまなざしを浴びるようになっていた。
ある時、地元の教会が病と闘うジョン君のために募金を集めようと計画した。
だが、ジョン君と彼の両親はその申し出を断り、自分たちのためではなく別の少年のために募金イベントを開いてほしいと依頼した。
同じくビーバー郡で、脳腫瘍と闘っている小学校5年生の少年のために。
その時ジョン君は「集められた募金は、僕らが使うより、その少年の家族が使った方が役に立つと思います」と主張したのである。
その脳腫瘍の少年の方が自分よりまだ医療で助かる見込みが高いことをジョン君は知っていた。
ジョン君は余命2ヶ月と宣告される前から、既に死を受け入れる境地に達していた。
ジョン君のこのような潔い言動は、たちまち地域社会の人たちの知るところとなり、一躍尊敬のまなざしを集めるようになったのである。
2008年の試合でも、対戦相手のアリキッパ・チームの全員がジョン君の背番号11のシールを野球帽に貼り付けていたほどである。
生涯最後になるかもしれないバッターボックスに立ったジョン君は、敵チームのキャッチャーのマスクに自分のイニシャル“JC”と背番号“11”のシールが貼られていることに気付いた。
するとアリキッパ・チームの監督がマウンドに歩み寄り、ピッチャーに何か声をかける。
ジョン君はそれを見て、まさか自分を特別扱いするつもりじゃないよな、と思った。
敬遠してやれとか、打ちごろの球を投げてやれとか、そんな余計な計らいはやめてほしい、と。
だが、そんな心配は無用だった。
ピッチャーは初球から全身全霊全力で勢いのあるストレートを投げてきた。
病に冒され、長い間実戦から遠ざかっていた体が見事に反応する。
ジョン君が振るったバットが軌道上のボールをジャストミートではじき返した。
ラインドライブのかかった打球がライトを襲う。
球が転々と転がる。
ジョン君は痛みに耐えながら、一塁へと走る。
だがガンは骨盤にも転移している。
思うように足を運べない。
右翼手から一塁への返球が先か、ジョン君が一塁ベースを踏むのが先か。
とても全力で走れる状態ではなかった。
今にも転んでしまいそうだった。
だが一塁に先に到着したのは、ジョン君の方だった。
ベースを踏みしめると、ジョン君は高らかに叫んだ。
「やったぞ! やったぞ!」
その間に塁上にいた走者1人が本塁に返ってきた。
余命2ヶ月と宣告されたジョン君が奇跡のタイムリーヒットを記録した瞬間だった。
観客が一斉に歓声を上げる。
1塁コーチが感動の涙にむせびながらジョン君を熱く抱きしめる。
敵チームのピッチャーがグラブを外して拍手を始める。
すると、その他の野手たちもグラブを外し、全員が拍手喝采を浴びせる。
ジョン君のチームメイトたちもベンチからグラウンドに駆け出してくる。
みんながジョン君をもみくちゃにしながら、逆境をものともしなかった彼のパフォーマンスを褒め称える。
後日、地元紙のインタビューを受けたジョン君は、こんなふうに語っている。
「恐れていた時期もありました。でも、今はどうかというと、死ぬことをもう恐れていません。息をした回数が多ければ、人生が充実しているというわけじゃないからです。息をしながら何をするかが大事なのだと思うのです」
そんなジョン君の戦いも終わった。
わずか18歳の短い命だった。
昨日、ジョン君の母国である米国でイチローは打った。
あの時のジョン君のヒットは、まさに今回のWBCで不調続きだったイチローが、世界一へと導いたあのヒットと重なる。
試合が行われた米国の会場でイチローは「神が降りてきた」と言っていた。
昨日のイチローと米国の青い目の侍が重なって見えてならない。
MVP John Challis
合掌。
by eve_nif
| 2009-03-25 21:31
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